TOP > 評価信用社会 > 芝麻信用(Zhima Credit)と中国の信用スコア社会の諸相
1. はじめに
中国において、フィンテック(ファイナンス・テクノロジー)の急速な発展が、社会のあらゆる側面に変化をもたらしている。特に電子商取引やモバイル決済の普及は、日本などの先進国を凌ぐ勢いで拡大しており、その中核にあるのが「信用スコア」の概念である。中国の代表的な信用スコアリングシステムである「芝麻信用(Zhima Credit)」は、個人の信用を数値化し、それを社会の様々なサービスに活用する試みである。
2. 中国におけるモバイル決済とフィンテックの急成長
2018年3月5日に開催された全国人民代表大会で、国務院総理(首相)の李克強は政府活動報告で、「電子商取引、モバイル決済、シェアリングエコノミーなどが世界の潮流をリードしている」と述べ、過去5年間(2012年~2017年)の技術革新の成果を強調した。
近年、中国ではフィンテックをはじめとする新しいサービスが急速に浸透しており、特に電子商取引やモバイル決済は、日常生活に欠かせないインフラとなっている。都市部では現金支払いを受け付けない店舗も増加し、スマートフォンを利用した決済が主流になっている。さらに、子どもへの小遣いや公共料金の支払い、個人間の送金までもが、モバイル決済を通じて行われることが一般的となっている。
日本銀行が2017年6月に公表した「モバイル決済の現状と課題」によると、日本でモバイル決済を「利用している」と答えた人は6.0%にとどまった。一方、中国の都市部の消費者を対象に行った調査では、回答者の98.3%が過去3カ月間にモバイル決済を「利用した」と回答しており、中国におけるキャッシュレス社会の進展が顕著であることがわかる。
3. 芝麻信用(Zhima Credit)の概要と仕組み
芝麻信用(Zhima Credit)は、アントグループ(旧アントフィナンシャル、アリババグループの関連企業)が提供する信用スコアリングシステムである。これは、中国における個人信用情報システムの一環として、消費者の信用力を評価し、様々なサービスの利便性向上を図るものである。
芝麻信用は、以下の5つの要素に基づいてスコアを算出する。
1. 信用履歴(Credit History) ●ローンやクレジットカードの利用履歴
2. 行動パターン(Behavior Preferences) ●購買履歴やオンライン活動
3. 契約履行能力(Contractual Fulfillment) ●公共料金の支払い履歴や契約履行状況
4. 人間関係(Interpersonal Relationships) ●信用スコアの高い人々とのつながり
5. 身分情報(Identity Information) ●本人確認や学歴・職歴
スコアは350から950の範囲で示され、点数が高いほど信用力があると評価される。
4. 信用スコアの社会的影響と活用事例
芝麻信用のスコアが高いと、以下のような恩恵を受けられる。
●無担保でのローン利用(マイクロファイナンス、クレジットサービス)
●保証金なしでのシェアリングサービス利用(自転車・車のレンタルなど)
●優遇措置のあるホテルや公共サービスの利用
●ビザ申請の簡略化(特定の国への渡航)
一方で、信用スコアが低いと、ローンの審査が厳しくなるだけでなく、特定の公共サービスを利用しづらくなることがある。
5. プライバシーと監視社会への懸念
芝麻信用は「信用の可視化」により、金融面での利便性を向上させるメリットがある。しかし、一方で以下のような懸念も指摘されている。
●プライバシーの侵害:個人の消費行動や交友関係が信用スコアに影響を与えるため、過度な監視社会につながる可能性がある。
●社会的格差の拡大:信用スコアの低い人が不利益を被ることで、社会的格差が固定化するリスクがある。
●政府の関与と社会信用システムとの統合:中国政府が推進する「社会信用システム」との統合が進めば、個人の行動がより厳密に監視される可能性が高い。
6. 国際的な影響と今後の展望
中国の信用スコアリングシステムは、他国の金融機関やテクノロジー企業にも影響を与えている。例えば、アメリカではFICOスコアが金融機関の信用評価に活用されているが、芝麻信用のように生活全般のデータを統合する仕組みはまだ一般的ではない。一方、シンガポールやインドなどでは、中国の信用スコアシステムを参考にしたサービスが導入されつつある。
今後、AI技術の発展とともに、信用スコアの算出方法がより高度化し、より正確で公平な評価が可能になることが期待される。しかし、その一方で、個人情報保護や監視社会化のリスクをどのように管理するかが重要な課題となる。
7. まとめ
芝麻信用(Zhima Credit)は、中国における信用社会の基盤として急速に拡大しており、金融や商取引だけでなく、日常生活のあらゆる側面に影響を及ぼしている。しかし、その利便性の裏にはプライバシー侵害や社会的格差の固定化といった問題が存在する。今後、信用スコアシステムの国際的な発展とともに、その倫理的側面にも注目し、バランスの取れた制度設計が求められるだろう。