TOP > 評価信用社会 > 評価信用社会における教養の基盤としての認知科学
評価信用社会は、様々な面から従来の社会秩序と異なる点がある。それは農業社会から工業社会へ、工業社会からグローバル工業社会へ、サービス社会へ移行してきた中で起きた変化と同じだともいえるが、しかし、中でも農業社会から工業社会へ移行した時代の変化と似ているだろう。圧倒的に社会秩序が変化するのである。その中で人間個人個人がどのような知識スキルを身につける必要があるだろうか?その一つが「認知科学」であるといえる。この認知科学はあらゆる点で、評価信用社会を構成する秩序を理解し、活用する上での知識基盤となるであろう。
1. 情報処理モデル(Information Processing Model)
●人間の認知過程はコンピュータの情報処理のように「入力→処理→出力」の段階を経ると考えるモデル。
●1950年代にアトキンソンとシフリンが提唱した「多重貯蔵モデル」では、情報は感覚記憶・短期記憶・長期記憶の三層構造で処理されるとされる。
●短期記憶の容量は「マジックナンバー7±2」(ミラー, 1956)として知られる。
●認知のメカニズムをシミュレーションするために、人工知能(AI)の開発にも応用される。
●現代では、ワーキングメモリ(バッドリー, 1974)の概念によって、短期記憶の動的な役割がより詳細に説明されるようになった。
2. ワーキングメモリ理論(Working Memory Theory)
●アラン・バッドリー(1974)が提唱した、短期記憶の拡張モデル。
●ワーキングメモリは、「中央実行系」「視空間スケッチパッド」「音韻ループ」「エピソードバッファ」の4つの要素から成る。
●作業記憶の容量が高い人ほど、学習・問題解決・意思決定がスムーズに行えるとされる。
●認知負荷を減らすことが、ワーキングメモリの効率的活用につながる。
●デュアルNバック課題などのトレーニングが、ワーキングメモリの強化に有効とされる。
3. 認知負荷理論(Cognitive Load Theory)
●スウェラー(John Sweller, 1988)が提唱した、学習時の認知的負荷に関する理論。
●認知負荷には「内在的負荷(課題の本質的難易度)」「外在的負荷(無駄な情報や形式)」「発生的負荷(学習を助ける負荷)」の3種類がある。
●効果的な学習設計では、外在的負荷を減らし、発生的負荷を適切に与えることが重要とされる。
●マルチメディア学習やインストラクションデザインの分野で活用されている。
●「分割注意効果」や「冗長性効果」など、具体的な指導設計の指針を提供している。
4. スキーマ理論(Schema Theory)
●人間は経験を通じて「スキーマ(認知的枠組み)」を形成し、新しい情報をこの枠組みに当てはめながら理解する。
●スキーマは知識の整理や情報の予測に役立つが、先入観による誤認識を引き起こすこともある。
●1970年代に認知心理学者バートレット(Bartlett, 1932)が最初に提唱し、その後アンダーソン(Anderson, 1977)が理論を発展させた。
●認知的スキーマが発達すると、情報処理がよりスムーズに行えるようになる。
●学習や教育の分野では、既存のスキーマを活用することで新しい知識の定着を助ける指導方法が用いられる。
5. デュアルプロセス理論(Dual Process Theory)
●人間の思考は「直感的で速いシステム1」と「論理的で遅いシステム2」の二種類に分かれるという理論。
●ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman, 2003)が「ファスト&スロー(Thinking, Fast and Slow)」で広めた。
●システム1は無意識的・自動的で、日常の判断に多く使われるが、バイアスを伴うことがある。
●システム2は論理的思考や計算に用いられるが、認知資源を多く消費し、疲労しやすい。
●認知バイアス(例:アンカリング効果、確証バイアス)の理解に応用される。
6. メンタルモデル理論(Mental Model Theory)
●人間は現実世界の理解を「メンタルモデル」として心の中でシミュレーションする。
●ジョンソン=レアード(Johnson-Laird, 1983)によって提唱された。
●メンタルモデルは個人の経験や知識に基づいて構築され、問題解決や推論に用いられる。
●誤ったメンタルモデルは誤解や誤推論の原因となるため、適切な教育や訓練が必要とされる。
●人間の意思決定プロセスや学習理論の研究に応用されている。
7. フレーム理論(Frame Theory)
●知識は「フレーム」と呼ばれる構造の中で整理・保存されるという理論。
●AI研究者マービン・ミンスキー(Minsky, 1975)が提唱。
●フレームはスキーマと似た概念だが、特定の状況における知識の構造化に焦点を当てる。
●フレームの適用により、曖昧な情報の補完や解釈が行われる。
●AIのナレッジベース構築や自然言語処理にも影響を与えた。
8. 認知的不協和理論(Cognitive Dissonance Theory)
●人間は「自分の信念・価値観」と「行動」の間に矛盾が生じると、それを解消しようとする心理的メカニズムを持つ。
●レオン・フェスティンガー(Leon Festinger, 1957)が提唱。
●認知的不協和を解消する方法として、「行動の変更」「信念の変更」「新たな情報の追加」がある。
●マーケティング、政治学、心理療法など多くの分野で応用されている。
●たとえば、高価な商品を購入した後に「これは良い買い物だった」と思い込むのも、この理論に基づく。
9. フロー理論(Flow Theory)
●人間は「高い集中力」と「やりがい」を感じると、時間を忘れるほど作業に没頭する状態(フロー)に入る。
●チクセントミハイ(Csikszentmihalyi, 1990)が提唱。
●フローに入るためには、「課題の難易度」と「スキルレベル」のバランスが重要とされる。
●フロー体験は創造性や生産性を高めることが示されている。
●スポーツ・教育・仕事のパフォーマンス向上に応用されている。
10. ゲシュタルト心理学(Gestalt Psychology)
●20世紀初頭にドイツの心理学者マックス・ヴェルトハイマー(Max Wertheimer)、ヴォルフガング・ケーラー(Wolfgang Köhler)、クルト・コフカ(Kurt Koffka)らによって提唱された。
●「全体は部分の総和以上である(The whole is greater than the sum of its parts)」という考え方が中心。
●知覚における「図と地」「近接の法則」「類同の法則」「閉合の法則」などの原理を提唱し、人間がどのように視覚情報を統合するかを説明する。
●ゲシュタルト心理学の概念は、デザイン、インターフェース設計、認知心理学などで応用されている。
●学習理論にも影響を与え、直感的な問題解決やインサイト(洞察)学習の研究に結びついている。
11. 状況認知理論(Situated Cognition Theory)
●1980年代後半に、ブラウン(John Seely Brown)、コリンズ(Allan Collins)、ダグイド(Paul Duguid)らによって提唱された。
●人間の認知は、単独の頭脳内で完結するのではなく、環境・社会的状況・道具などと相互作用することで形成されるという理論。
●「学習は状況に埋め込まれている(Learning is situated)」とされ、学校教育の抽象的な知識よりも、現場での実践的な学習(アプレンティスシップ)が重要視される。
●「正統的周辺参加(Legitimate Peripheral Participation, LPP)」の概念では、初心者が熟達者の実践に参加しながら徐々にスキルを身につけるプロセスが説明される(例:職人の徒弟制度)。
●デザイン思考、実践的学習(Project-Based Learning, PBL)、ユーザーインターフェース設計などにも影響を与えている。
12. 拡張認知理論(Extended Cognition Theory)
●クラーク(Andy Clark)とチャーマーズ(David Chalmers, 1998)が提唱した「拡張心の仮説(Extended Mind Hypothesis)」を基に発展。
●人間の認知は脳内に閉じているのではなく、外部環境(ノート、スマートフォン、道具、他者との対話)も含めて認知プロセスの一部とみなされる。
●例えば、スマートフォンにメモを保存して思い出す行為や、計算機を使って計算する行為は「認知の一部」とみなされる。
●「分散認知(Distributed Cognition)」とも関連し、認知プロセスが複数の人間や環境に分散することを説明する。
●人工知能(AI)やヒューマンコンピュータインタラクション(HCI)、教育テクノロジーの分野で影響を与えている。
13. 予測符号化理論(Predictive Coding Theory)
●フリストン(Karl Friston, 2005)らが提唱した、脳の情報処理に関する理論。
●脳は外界からの情報を受け取るだけでなく、「未来の状態を予測」し、その予測と実際の情報の差分(予測誤差)を最小化しようとする。
●予測誤差が大きい場合、脳はその差を修正するか、新しい学習を行う。
●知覚、意思決定、運動制御、意識の研究に応用されている。
●統合情報理論(Integrated Information Theory, IIT)や自由エネルギー原理(Free Energy Principle)とも関連し、意識の本質を説明しようとする試みの一つ。
14. ディープラーニングと認知科学の融合(Cognitive Neuroscience and Deep Learning)
●人間の脳がどのように情報を処理するかを理解するために、ニューラルネットワークの研究が進められている。
●深層学習(Deep Learning)は脳の神経ネットワークに着想を得ており、視覚認識・自然言語処理などで活用されている。
●逆に、ディープラーニングの成果が脳科学や認知科学の研究にフィードバックされ、新たな発見が生まれている。
●「コネクショニズム(Connectionism)」という枠組みで、人間の認知をニューラルネットワークモデルとして説明しようとする試みがある。
●「脳は予測機械である」という視点が、AI研究と認知科学の共通の基盤になりつつある。