半導体産業と新社会秩序::日の丸半導体の凋落とその主たる原因

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日の丸半導体の凋落とその主たる原因

1. はじめに

1980年代、日本の半導体産業は世界市場を席巻し、「日の丸半導体」と称されるほどの成功を収めた。しかし、1990年代以降、日本の半導体産業は次第に競争力を失い、現在では世界市場での存在感が薄れている。この凋落の背景にはさまざまな要因が複雑に絡み合っているが、本稿では主要な原因をいくつか取り上げ、その経緯を詳述する。


2. 主たる凋落の原因

2.1 米国との貿易摩擦と日米半導体協定
1980年代、日本の半導体産業は品質と価格の両面で優位に立ち、世界市場のシェアを急速に拡大した。特にDRAM(Dynamic Random Access Memory)市場では、日本企業が圧倒的なシェアを獲得した。この状況に危機感を抱いた米国は、日本の半導体産業を「不公正競争」と非難し、1986年に日米半導体協定が締結された。

この協定により、日本企業は半導体の価格引き上げを余儀なくされ、さらに米国メーカーの市場シェアを強制的に増やす措置が取られた。結果として、日本企業は競争力を削がれ、韓国や台湾の企業が台頭する隙を作ることとなった。

2.2 経営判断の遅れとリスク回避志向
日本の半導体メーカーは、企業経営において慎重な姿勢をとりがちであり、新しい市場への投資や技術革新に対する決断が遅れることが多かった。特に、システムLSI(Large Scale Integration)やロジック半導体の分野では、米国企業(インテルやクアルコム)に後れを取った。

また、日本企業は既存のビジネスモデルを維持することに注力しすぎたため、新しい市場(スマートフォン向けプロセッサなど)への適応が遅れた。これにより、韓国のサムスン電子や台湾のTSMCなどの企業が市場を席巻する結果となった。

2.3 ファブレス・ファウンドリモデルへの対応遅れ
1990年代以降、半導体業界では「ファブレス(設計のみ行い、製造を外部委託)」と「ファウンドリ(製造専門の企業)」の分業モデルが主流となった。これにより、企業は設備投資の負担を減らしつつ、技術革新を進めることができるようになった。

一方、日本企業は垂直統合型のビジネスモデルに固執し、自社工場での生産を続けた。その結果、製造コストが高騰し、柔軟な市場対応ができなくなった。これにより、TSMCやグローバルファウンドリーズのような企業が成長し、日本の半導体産業は競争力を失っていった。

2.4 政府の支援策の失敗
日本政府は半導体産業の復活を目指して幾度となく支援策を講じたが、その多くが効果を上げることができなかった。たとえば、2000年代にはエルピーダメモリが設立されたが、競争力を回復するには至らず、2012年には破綻した。

また、経済産業省が主導した産業再編も、企業間の利害調整に時間を要し、決定の遅れが市場競争力の低下につながった。結果として、日本の半導体産業は世界市場での地位をさらに低下させることとなった。

2.5 人材育成と研究開発の遅れ
半導体産業は技術革新が非常に速い分野であり、継続的な研究開発と人材育成が不可欠である。しかし、日本では大学や企業の研究開発への投資が縮小され、技術者の育成が十分に行われなかった。

一方で、台湾や韓国、中国では政府が積極的に半導体産業の支援を行い、大学や研究機関と企業の連携を強化した。これにより、次世代の技術者が育ち、産業の競争力が向上した。日本はこの流れに追随できず、技術者の流出やノウハウの喪失が進んだ。


3. まとめと今後の展望

日の丸半導体の凋落は、単一の要因によるものではなく、複数の要因が相互に影響し合った結果である。日米半導体協定による外圧、経営判断の遅れ、ビジネスモデルの変化への対応不足、政府の支援の失敗、そして人材育成の遅れが主な要因として挙げられる。

しかし、近年では半導体の重要性が再認識され、日本政府も新たな支援策を打ち出している。例えば、TSMCとソニーが協力して熊本に新工場を建設するなど、日本の半導体産業の復活に向けた取り組みが進められている。

今後、日本が再び半導体市場で競争力を取り戻すためには、次のような施策が求められる。

●政府と民間の連携強化:政府が戦略的に支援し、企業がグローバル市場で戦える体制を構築する。
●研究開発投資の強化:次世代技術(AI向けチップ、パワー半導体、量子コンピュータ向けデバイスなど)への投資を加速する。
●人材育成と海外連携の推進:国内外の大学や研究機関と協力し、優秀な技術者を育成する。
●ファブレス・ファウンドリモデルの活用:国内に新たなファウンドリを構築しつつ、海外企業との協業を進める。

これらの取り組みが成功すれば、日本の半導体産業は再び世界市場での競争力を高めることができるかもしれない。